転職のリアルⅥ:秋月誠さん(31歳)のケース:ダンケルク 生き残れ

秋月:好きなものを扱っていました。ただ、思ったよりも忙しくて手が回らない。ちょうど自分が入って会社が大きくなっていくタイミングで。

cc:そうなんですね

秋月:三年経つ間に、社員数も2倍にふくれあがって。

cc:それはすごい。

秋月:それで、その間少しずつ古株の人も辞めていって普通の会社になりつつありました。

cc:そうなんですね

秋月:全く未経験の人が入ってきて、どちらかというと自分がもうもはや経験者になってる。教えていた先輩もそんな中で辞めていきました。自分がリードしなくてはいけない立場になっていった。

cc:うむ

秋月:入ってその 三年の中で二年経とうとするころ、自分の立場が上になっていて、新しく入ってきた人に逆に先輩として教えるような立ち位置になっている。

cc:それは密度の濃い三年間を過ごされたんですね。

秋月:ええ

cc:その自分の居場所といますか、そこを見つけられて、会社が急成長していく。その三年の中で自分の先輩たちも辞めていき、また新しい人が入ってきて、どちらかというと中堅社員のような役割を秋月さんは担うようになったかと思いますけども、どうですか?お仕事大変だったのではありませんか?

秋月:そうですね。本当に激務で、一人で抱え込めない量の仕事を最終的に任せられている感じでしたね。はい。

cc:会社としてもどんどん仕事が受注できて、その仕事を回していくために皆さんお仕事されてきたと思うのですが、その最終段階ってどんな感じだったんですか?こう、1 日振り返ってみて。

秋月:一日を振り返ると、本当に振り返ることもできない、記憶がないくらい・・・。

cc:ほお

秋月:朝早く行って夜遅く、終電でギリギリ帰る生活でした。そうですね。本当にラインがいくつも並行して走っていて、且つそれぞれが、それぞれがゲームなんですね。

cc:ええ

秋月:ゲームって本当に脈々と歴史があり、ユーザーの中の歴史があって、それに対して理解や共感があって、それを押さえていないとプロモーションを打てない。結構、どんなものでもそういう側面はあると思うんですけど、特にその毛色が強いジャンルではあったので、その作品が複数またがって 幾つものプロモーションが走ると、本当に手が回らない。というか頭も回らない。考える時間さえないっていう感じになってしまっていたので・・・。

cc:記憶で何本ぐらい違ったタイトルを抱えていた時があったのですか?

秋月:一番多かった時は 4 本ぐらい。

cc: 4 本・・・

秋月:それに関わる施策が12くらい走っていました。

cc:秋月さんが主に担う役割というのは、映像とか動画とおっしゃってましたが、どんな?

秋月:発売前の作品のプロモーションビデオですが、ゲーム内容をユーザーにどのように魅力的に見せていくかっていう企画なんです。企画の立案から制作進行上のスケジュールで、このように進めていきます。で、このようにご協力くださいって。

cc:うむ

秋月:ご予算の話であったり、場合によっては自分が編集をしたり、あとは外部のクリエイターさんに声かけをして、こういう仕事なんですが、お願いできますか?という交渉をします。

あと、映像が上がってきたら監修に回して、監修を終えたら制作に戻して。それをひたすら繰り返し、締め切りまでに仕上げて公開します。

cc:映像はどこで公開するんですか?

秋月:基本的には YouTube 、Web で公開します。時々CM とかあって、 YouTube の公開作業とかも自分がやりました。自分で作って自分で世の中に公開するっていうところのありとあらゆることを、自分でやりました。

cc:今お話聞いてて、企画立案から公開まで全ての作業を自分が関わって自分が中心になってやるっていう。そんなイメージでよろしいですか?

秋月:一応チームの編成はしていたので、自分の係わり方が制作進行の部分だけであったりとか、企画を作るところだけであったりとか、あとは話がすでに固まった上で、制作会社側を回して外注も使っていました。

cc:ディレクター兼企画者兼、予算管理、プロデューサー兼というようなマルチタスクですね。かなりの仕事量だったと思いますけども、早くから出社して最終にギリギリ間に合うように帰っていってというと、どうですか睡眠時間とかは?

秋月:睡眠はあまり取れていなかった気がします。

cc:そうでしたか

秋月:朝は割と早かったので 7 時ぐらいに起きて、夜は 23時半ぐらいの終電には乗らなければなかったので、帰宅してそこからご飯を食べると大体 1時か2時。そして寝て、という感じだったので。

cc:数時間も寝ていないという感じですね。そうですか。土日は休めたんですか?

秋月:仕事はやらないようにはしていたんですけど、気持ちが休まらないので。月曜にたまっている仕事、来週やらなければならない仕事とかで、結構悶々としてしまって、まあ少しだけなんか手が回せるところは触ったりっていうのはちょっとあったと思うんですけど。やらないようにしていたのですが・・・。

cc:なるほど

秋月:仕事はしていないのですが、気持ちが休まらないというか。

cc:ギリギリのところで仕事をこなしていたって感じがするんですけども、そんな感じでした?

秋月:まあそうですね。ギリギリだったかな・・・。一番大きかったのはその社員数が増えたのは良かったんですけど、未経験なんですね、ほとんどが。経験者が入ってこないっていうのがあって、採用が未経験者に偏っていて、何もわからない状態の人が増えていきました。自分がなにか教えなければ、彼らも動くことができない。自分が仕事を回してしまったほうが早いっていう、そこが最終的には自分を追い詰めた。

cc:追い詰めた。追い詰められたっていう感じがあったんですね。

秋月:そうですねぇ

cc:その追い詰められた時にどうですか?転職っていうのも考えました?

秋月:これは割とはっきり。多分このままいたら潰れてしまうっていうのがあって。実際に体調を崩してしまっていたので、これは自分は少なくとも一生いる会社ではないなって思いました。

cc:その体調を崩された時って、入社してどれくらいですか?1 年半とか 2 年とか。

秋月:体調を崩したのは二度ほどあって、一回目は入社してから 2 年経ったところで、職場でバタッと倒れてしまいました

cc:倒れた・・・

秋月:病院に運ばれてっていうのがありました。

cc:病院で特に治療を受けたりする必要はなかったんですか?

秋月:おそらく寝不足と過労ですって診断されました。

cc:そうでしたか。寝不足と過労。一回目が。

秋月: 二回目は、適応障害っていう診断を受けたんですけど、ずうっと気分が落ち込んでしまっていたり、朝起きると気持ち悪かったりって。

cc:それはキツイですね。

秋月:一番致命的に感じたのは身体が起き上がらなくなったりして。その時これはもうさすがにだなと思って、会社に電話しました。そしたらすぐに休めといわれ。

cc:そうしますと、 2 年目で 一回倒れ、次にその適応障害って言われたのはそこから半年とか 1 年ですか?

秋月:そうですね

cc:二回目、そういうダウンをされて、秋月さんとしてはその休めって言われてどうされました?

秋月:はじめは1 週間か2週間ぐらいだったと思うんですけど、家でゆっくり過ごしたり、睡眠をとったり、何もしないっていう形をとり、比較的その段階で、人間てシンプルなんだ、単純なんだなと思うんですけど、何もしていないことがすごく居づらさがあって、なんで何もしないんだろう自分・・・。

cc:そのときはご家族とかは?

秋月:その時はもう結婚していたので。妻と一緒に暮らしていまして・・・

cc:結構心配されたんじゃないですか?

秋月:そうですね。心配かけましたね。やっぱり体調を崩しちゃったよねって。

cc:そうですか。それでお休みになられて、どれくらいお休みになったのかな?

秋月:不思議とこの時間を思い出せないんですが・・・。

cc:いいですよ。それで元の会社に戻られたんですか?

秋月:結果的には戻りませんでした。

(つづく)

転職のリアルⅦ:秋月誠さん(31歳)のケース:旅の終わり、新たな世界

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この記事を書いた人

大前 毅のアバター 大前 毅 国家資格キャリアコンサルタント
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