情に棹させば流される: 転職の戦略 自己効力感とセーフティネット

<知・情・意>という哲学者カントの智慧から、ここでは夏目漱石の云うじょうさおさせば流されるとたとえられた「」にフォーカスをあててみたいと思います。

」は感情・情動、感じる心です。転職も含めて、いわゆる転機にいどむ時、「」は「」や「」に比べて少し軽視されているかもしれません。

「知性的であれ」「意欲的であれ」とは言われても「情にひたりきれ」とは言われませんよね。むしろ「情」は戒めの対象にされているようです。人間は感情の動物なのに、ここでは「」は抑圧の対象のようです。

例えば「転職」を決意した時のことを思い出してみましょう。あなたの感情が行動へと大きく背中を押してくれませんでしたか?

実は、「」は大いなるエネルギーを秘めています。

キャリアカウンセリングをしていて、涙を流されるクライエントが少なからずおられます。

それは悲しみの涙というよりも、感情が動くことによって自然に涙する、そんな涙です。

「あれ、おかしいな・・・なんで涙がでるのだろう。・・・すみません」。そんな言葉をクライエントから何度も何度も告げられてきました。カウンセリングの過程でクライエントの内面に何かが動き始め、それが涙となってあらわれるーそんな感じです。クライエントの内面にある悔しさかもしれないし、あるいは別の感情かもしれません。名づけられてこなかった感情が表出してきます。

私はそんな涙に出会う時、クライエントが感じるままに、静かにその場を守ってあげたいと思います。

面談の場が安心な場所、安全な場所であるようにと努めます。

そんな涙は、何かいい方向へ向かうきっかけになるかもしれません。

」は意識的にコントロールしようとしても暴れ馬のように時に人を翻弄してしまいます。

今から十三年程前、初めて失業した私は一冊の本に励まされました。

最前線のリーダーシップ』(株式会社ファーストプレス)というハーバード・ケネディスクールの英知により編まれた本です。リーダーの直面する危機を乗り越える技術についての指南書でした。

3部構成の本の第3部は「リーダーシップの原点、心を見つめる」です。本の3分の1が「心」に費やされていました。

そのうちの僅か3ページ程の小項目があり、それがその時の自分をとても支えてくれたことを今でも覚えています。

聖域を探す』。

聖域とは、自省と再生の場所」であり「肉体的にも精神的にも安心できる場所である」。(p288:引用)

当時の私の聖域となった場所は、例えばジムであり、日の出の海辺であり、静謐な図書館であり、花屋であり、公園であり、花壇のバラの花の前であったりしました。いつでもそこに退避して身を守れる場所であるならば、そこが聖域、サンクチュアリになることを、その時知りました。

感情の暴走を鎮静化したり、心を平穏に保つ場所をみつけることは、実は意図的に取り組むべき最重要な取組みです。

自分自身を守ってくれるセーフティネットのひとつはそんな場所を持つことです。そして信頼できる友や家族を大切にすることです。

感情について、さらにもう少しみていきましょう。

社会認知的キャリア理論(Social Cognitive Career Theory)」(略してSCCT)というキャリア理論がありますが、このSCCTの中で最も大切な概念のひとつに「自己効力感」というものがあります。単純化していえば「うまくやれるだろう」とか「達成できる」と自己評価する場合には、自己効力感が高いといいます。逆に「うまくいかない」「多分だめだろう」と自己評価する場合には、自己効力感が低いといいます。

自己効力感」が高まれば、行動化が図られ、チャンスを生み出し、よい結果が生じやすくなります。すなわち「自己効力感」を意図して高めていくように工夫することが、転機の時や転職活動において有効なのです。

ここでそのSCCTを簡略化しMindMapにまとめてみましたので、ちょっとご覧になってみてください。

【社会認知的キャリア理論】:日本マンパワー「キャリアカウンセリング養成講座」の理論TEXTに基づいて作成しました。

自己効力感」を育む要素として4つあげられています。

①の「個人的達成」は、自分でやってみて「できた」という経験です。4つの中で最も強い影響力があるとされています。

②の「代理学習」は、他の人を観察して「自分でもできそうだ」と思えた時に自己効力感は高まることをいいます。

③の「社会的説得」は周囲から励まされて醸成されます。「君ならできる」「大丈夫だよ」「よくやった」「すごいね」。

④の「情緒的覚醒」は、楽観的ならば「できる」と思えることが、不安や抑うつですと「だめだ」となることです。

①から④のいずれも、前向きで良い感情が「自己効力感」を高めてくれることがわかります。

自己効力感」は自己評価によって高まったり低下したりしますので、人間の「認知」の仕方によって高めていくことができるのです。

・小さなことでも「自分はやれた」という経験。そこから湧き出てくる感情

・観察してみて「自分ならできそうだ」と思うことによって湧いてくる前向きな感情

・「君ならできるよ」「すごいね」と周囲から励まされることによって生じるうれしい感情

・楽観的に「やってみよう」と思えるコンディション、その感情

良い感情を味方につけることによって、前に進むエネルギーが湧いてくるというメカニズムを上手に自分に取り込みましょう。

スポーツの世界では「いつもご機嫌な」選手が厳しい局面を打開していくのをみることができます。その一方で「ご機嫌斜め」の選手が怒りにかられる場面をみることもあります。

自分の聖域を持ち、セーフティネットを大切にし、励まされながら、自分で自分を鼓舞する。良い感情を身にまとうよう努めていきましょう。

どうかいつも「ご機嫌」でありますように。

そして、あなたの素敵な笑顔を忘れずに。

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この記事を書いた人

大前 毅のアバター 大前 毅 国家資格キャリアコンサルタント
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