もしも「失業」していなかったら。シドニーを訪れはしなかったでしょう

もしも私が失業を経験していなかったら、キャリアカウンセラーにはならなかったと思います。

私にキャリアカウンセラーを目指してはどうかと提案してくれたのは、辞める会社から斡旋された転職支援会社の担当キャリアカウンセラーの方でした。

幸運なことに、今のこのキャリアは失業によってもたらされたものです。

失業するまでは、失業は怖いものでした。

8月末に退職し9月に失業者になった私は、地図もコンパスもないまま「失業という世界」に放り出されました。

その「未知の世界」で、私は何かを学びました。

ここで、学んだことについて考えてみたいと思います。

まず最初に「失業」の定義をしましょう。

ウィキペディアでは「失業」を次のように定義しています。

失業とは、職業(仕事)を失うこと、および労働の意志も能力もあるのに仕事に就けない状態を指す。特に、仕事がない状態を指す無職(むしょく)のうち、就業に向けた職探しを行っている者の状態を指し、そのような状態の者を失業者(しつぎょうしゃ)と言う。

6月に公表された労働力調査によれば、2023年5月の完全失業率は2.6%で、失業者は188万人でした(就業者数6745万人)。完全失業率は2020年~22年までの3年間、2.8%で推移しています(総務省統計局)。

2009年のリーマンショックの時には5.5%まで上昇しました。2020年10月、新コロナによるパンデミック時の完全失業率は3.1%まで上昇しました。

一方、世界の失業率(ILO:2023年更新:最新値2021年)ランキングでは、日本は2.8%で168位でした。世界平均で6.18%。ちなみに米国:5.35%(106位)、中国:4.55%(129位)、イタリア:9.50%(55位)、フランス:7.86%(67位)、カナダ:7.46%(77位)、イギリス:4.83%(124位)、ドイツ:3.57%(155位)で、1位は南アフリカの28.77%です。

この統計数字の向こうに、ひとりひとりの人生があります。失業者の暮らしと生活があります。

さて、私の失業経験に話を戻しますとー。

七回転職してきた自分が、はじめて失業したのはリーマンショック後のことでした。リーマンショックで完全失業率が高いこともあって、働き盛りの私としては、これはあかんなあ・・・という思いに囚われたことを覚えています。

失業はこんな風にやってきました。

会社が買収され、本業回帰という名目で新規事業部門はリストラされました。新規事業のために採用された私の居場所はなくなりました。希望退職枠に応募し8月末に辞めることになりました。

失業理由を大別すると、ある目的で自発的に離職し失業する場合と、会社を辞めざるをえず失業する場合と、その2種類があります。「自己都合」か「会社都合」かという区分です。

「会社都合」の場合は、会社の決定に受動的に従うために、次のロードマップを持ち合わせていない失業者が多いと思います。急な買収劇のあおりで失業した私もそのケースでした。

もちろん大局的には「会社都合」で離職した後は、求職活動に励み、内定を得て再就職するというロードマップに従うことになります。

しかし現実はそう簡単にはいきません。

人の感情や思いは、時として人の行動を阻むことがあります。自分もまた機械のようにスイッチをON OFFできない人間であることを、身をもって体験しました。

例えば、新コロナ禍においては、観光業や販売に従事する方々の多くが職を失いました。職が奪われ且つ求人もないという状況が長引きました。

いつ改善されるかもわからないパンデミックという状況下で、時間が推移していくのは辛いものがありました。

リーマンショック後の私のケースでも、周囲には一年以上も仕事の決まらない仲間がいました。求職活動自体を止めてしまう仲間も出始めていました。

翌年3月11日、東日本大震災が起きました。

「失業」の定義によれば、就業に向けた職探しを行うのを止めた段階で、失業者ではなくなります。完全失業率の統計データに反映されない無業者になるのです。

そんな中、私の約八か月の失業期間は大きく2つの時期に分けられます。

【活動前の期間】:9月から11月まで。

・会社を離れることが決まって、私はなりゆきで会社以外のコミュニティに参加しました。

「起業塾」「コーチング研修」、ふたつのコミュニティーに参加して、これからの生き方・働き方を模索しました。新たなコミュニティでの人間関係には大いに助けてもらいました。

人間は社会的動物なので、集団から離れ孤立するのは危険を意味します。会社への帰属性が途絶した後に、新しい集団に帰属したいと思い行動したのは、今思えば幸いなことでした。

・退職前の半年間、会社は混乱していました。精神的にきつい時期を私は過ごしました。

すぐに求職活動に向かえない気持ちのまま離職したこともあって、大きく気持ちを切り替えることが必要だと感じていました。

そこで、家族の了解を得て、ひとりシドニーへ旅しました。

この旅は自分にとって新しい世界を示してくれました。朝にはシドニー湾の至るところからフェリーで通勤してくる人々で船着き場は活気が満ちていました。街角のカフェで憩う人々の穏やかさ。シドニーは素晴らしい都市でした。

帰国してすぐに、私は求職活動に舵をきることができました。シドニーで過ごした穏やかな時間が私の背中を押してくれたのでしょう。

そうです。もしも私が失業していなければ、シドニーを訪れることはなかったでしょう。

【求職の活動期】:12月から翌5月の内定獲得まで。

・私は計画的に粛々と求職活動しました。

月十社位の応募ペースを維持しつつ5月までに数十社応募する。そんな計画をたてました。そして現実に、ほぼ目標通り5月に内定をとることが出来ました。

「自分の仕事を手に入れるための仕事」に専念したように感じています。

・その活動と並行して転職支援会社の勧めで「キャリアカウンセラー養成講座」の受講を開始しました(これが後に転職可能なスキルとなりました)。

自分自身の失業をふりかえってみて、まだ言語化できていないことがあるとここで気づきました。

例えば、こんな問いかけをして、内面の声をひろってみたいところです。

Q.会社への帰属性を失い、ひとり個人になって、どうして数か月間がんばれたのか?

Q.その時に自分を前進させてくれたものは、なんだったのか?

Q.失業の経験は、自分の人生に何をもたらしてくれたのか?

Q.あまり勝算のない状況下で行動しなくてはならない時に、どう考えていたのか?

自分の失業経験については、まだまだ発掘調査が必要なようです。この失業経験を経て、自分が変わったなと思えることがひとつあります。

その経験から、私は失業という世界をよく知ることができました。そこでたくさんの学びがありました。

だから、もう私は失業を恐れない。明らかに変わった自分に出会ったのです。

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この記事を書いた人

大前 毅のアバター 大前 毅 国家資格キャリアコンサルタント
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