ある日突然失業することになりました。
人生でそんな経験をしてみて、初めてわかることが実はたくさんあります。私もそのような経験をしてきました。自分の身に起きている事柄を自分ひとりで理解し解決することはとても困難なことだとも感じています。
そのような時に、しっかりと自分の立ち位置を認識できる人はほとんどいません。「これからどうしていけばいいのか?」。それを整理しすぐに求職活動に立ち向かえる人もほとんどいません。
混乱や不安がそこにはあります。居心地の悪い期間が一定期間続くような感じがあります。
自分を不安定にしているこんな時期を、あらかじめ概念として知っていれば、少しは対処の仕方があったのかもしれません。転機について学んでおきたいと思ったのは、この事態に対処する免疫力を高めることにつながるかもしれないと考えたからです。
ここでは、ウィリアム・ブリッジズの著書「トランジション 人生の転機を活かすために」に基づいて、「転機というものの始まり方」について学んでみたいと思います。ここでこれを学んでおけば、いざ転機を迎えた時に、少しは冷静に事態の受容をしやすくなるのではないかと考えたからです。
ウィリアム・ブリッジズは大学の教職を辞した後、この「トランジション」(Transition)を執筆しましたが、彼もまた人生の転機の只中にあって、転機の探究に舵を切った人でした。この「トランジション」は1980年代に全米でベストセラーとなりその後も版を重ね51万部以上も出版された名著です。
ブリッジズの転機に対するアプローチは内省的で、ある意味文学的でもあります。アメリカ文学を専攻し大学で教鞭をとっていたこともあり、豊富な文学的事例を織り込んで「転機」を探究しています。
その意味では、転機のキャリア理論を提唱したナンシー・K・シュロスバーグが論理的アプローチで「転機」を捉えたのに対し、ブリッジズは内省的アプローチで「転機」を捉えようと試みたといえるかもしれません。彼は読者と共に「転機」というものを考えてみたいと思っていたような気がします。とても血の通った探究です。
ブリッジズは「変化」と「転機」は違うという立場です。「転機」は人間の内面に関わり、人間の成長につながるものと考えています。
ここではその著書の第二部となる「トランジションの過程」より、第5章「何かが終わる」にフォーカスし、「転機の始まり方」をあなたと共に学んでみたいと思います。「転機」は不意にあなたに襲いかかる場合がほとんどです。その不意打ちに対する免疫力を少しでも育むためにも。
ブリッジズの提唱する転機のプロセスは三段階あります。
「何かが終わる」・・・・・・・・・・・・・・・Endings
「ニュートラルゾーン」(混乱や苦悩のとき)・・ The Neutral Zone
「新たな何かが始まる」・・・・・・・・・・・・You Finish with a New Beginning
「何かが終わる」章の構成をMindMapにまとめてみました。ご覧になってみてください。
「dis-」で始まる5つの単語で要約されている概念があります。「終わり」の五側面(p161:引用)を表しています。
それではみていきましょう。
■離脱(disengagement)
転職や解雇された時を想像してみてください。
―それまで自分を位置づけていたなじみ深い文脈から、われわれを離脱させる。(p165:引用)
―自分の役割を強化し、行動をパターン化するのに役立った古い手がかりのシステムを壊してしまう。(p165-167:引用)
―離脱は一瞬にして起こる。(p166:引用)
■解体(dismantling)
徐々に解体していくので、大いに混乱が生じる場合があります。
―自分をこれが自分だと感じさせてきた古い習慣や生き方、行動パターンは、徐々に「解体」するしかない。(p166:引用)
■アイデンティティの喪失(disidentification)
役割や肩書を失って、離職などの時に大きな苦悩をもたらす場合があります。通過儀礼として重要な体験ですが、しかし時としてパニックを起こすこともあります。しかしそれを通じて、新たなアイデンティティを手に入れる道が開けてくるのです。
―アイデンティティの喪失の重要性と自分を縛っているイメージをゆるめる必要性を思い起こすべきである。(p172:引用)
■覚醒(disenchantment)
―覚醒のプロセスは、古い現実は頭の中にあって、外部にはないのだということを理解することから始まる。(p175-176:引用)
■方向感覚の喪失(disorientation)
方向感覚の喪失により、人はさまよい、混乱します。これは脅威です。空虚感に襲われたりもします。
―自分がどこにいるのかわからなくなる感じにとらわれる。(p178:引用)
―解雇されたり(離脱)、最後の昇進のチャンスを逃したり(覚醒)した人は、もともと持っていた目標や計画に対する意欲がなくなる。(p178: 引用)
―方向感覚を失うことは意味ある体験ではあるが、楽しいものではない。(p179:引用)
―最も苦しいのは、新しい何かを見つけ出すまで、虚無の時を過ごさねばならないということなのだ。(p181:引用)
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ウィリアム・ブリッジズが内面に繰り広げられる痛みに着目していることがおわかりになったかと思います。シュロスバーグが努めて理性的に転機を捉えようとしたのに対し、ブリッジズは内的な痛みに着目して、通過儀礼としての転機を考察しているのです。
ここではトランジションの始まりをご紹介することに留めました。この「何かが終わる」の次に「ニュートラルゾーン」が来て、やっと「何かが始まる」のです。
―内的な終わりが、トランジションを開始させる。(p188:引用)
―「終わり」は、何かがうまくいかなくなる時から始まる。(p190:引用)
転機を迎えたときに、あなたの内面の苦しさをなんとか言語化して、それを代謝して、次のステップに進んでいくためには、このような内的プロセスへの理解が免疫力を高めることにつながることでしょう。
ある日突然失業することになった私は、このような内的体験を通じて、少し以前よりは柔軟でしなやかな自分になれたように思います。今では、結果的にそこで大切なことを学ぶ機会になったことを良かったと思える自分がいます。
しかしそれでも、不意打ちは好きにはなれませんが。