言葉の持つチカラについて、ここで考えてみたいと思います。
なぜならば、言葉を扱うのがキャリアカウンセラーの仕事だからです。
しかし言葉を扱うのは、そうたやすいことではありませんね・・・。
例えば、人は言葉によって思考します。
適切な言葉を使うことによって思考の流れも健やかに発展します。しかし否定的な言葉に思考を委ねれば、悪い方向へと思考は向かうでしょう。ちょっとした言葉の選び方で、自分の思考すら左右されてしまいます。
そして、人は言葉によって傷つきます。
人を傷つける言葉について、こんな話を聞いたことがありました。
人間の脳は、刺激的な酷い言葉が大好きで、酷い言葉を人に投げつけると、その言葉は主体(私)を認識できない脳の盲点をついて、もろ刃の剣のように自分にも刺さるのだそうです。
酷い言葉はそれを使う人をも傷つける・・・。覚えておくべき脳と言葉の関係かもしれません。
ときに、人は言葉によって癒されます。
言葉の持つチカラを、あなたと共有できるエピソードを探してみました。
ひらめいたのは、新海誠監督の映画『言の葉の庭』(2013)でした。
The Garden of Words
ご覧になりました?
あのクライマックスシーン、いかがでした?
長編アニメーション映画『君の名は。』(2016)、『天気の子』(2019)、『すずめの戸締り』(2022)で、ブレイクした新海監督。世界中にファンを持つ映画作家です。映画製作の傍ら小説も著しており、言葉の人でもあります。
『言の葉の庭』はその新海監督のわずか46分のアニメーション映画です。本当に力強く言葉そのものの響きが登場人物の心を動かし、私たちの心も揺るがす。そんな体験をさせてくれる映画です。
私は繰り返し何度も観ていますが、他の映画と異なるのは、ストーリー(物語)を消費する映画ではないということです。好きな音楽を何度も聴くように、繰り返し楽しめる映画です。
ここではまだ観ていない方に配慮して、ストーリーを語らずに、この映画にある言葉のチカラについて探っていきたいと思います。
恋の物語。新海監督初のラブストーリーです。
主要な舞台は新宿御苑内の日本庭園。その東屋が逢瀬の場所となります。
靴職人を目指す高校生・秋月くん(15歳)。人生を“うまく歩けなくなってしまった”大人の女性、雪野さん(27歳)。このふたりの恋の物語です。
雨のシーズンがもうひとつの舞台設定です。雨をこのように美しく描いた映画は、あまり記憶にありません。
出会ったふたりの間に、万葉集にある和歌とその返し歌が、問答歌として配置されます。
「雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか きみを留めむ」
なるかみの すこしとよみて さしくもり あめもふらんか きみをとどめん
(女性)雷がすこし響き空も曇ってきた。雨よ降ってもらえないか。あなたをここに留めたいから。
「雷神の 少し響みて 降らずとも 吾は留まらむ 妹し留めば」
なるかみの すこしとよみて ふらずとも われはとまらん いもしとどめば
(男性)雷がすこし響いて 雨が降らなくても 私は留まろう。あなたが留まれば。
ずっと一緒にいたい男女の思いが伝わってきますね。
将来、靴職人になりたくて、デッサンしたり机に向かって靴づくりに励む秋月くんは、十代ながら大人の雰囲気を漂わせ、正直かっこいいです。
なぜ彼が女性の“靴”にこだわるのか?その秘密も、映画では暗示されています。
秋月くんと雪野さんは、雨の日の午前中の逢瀬の度毎に、言葉を交わします。秋月くんは自分の秘密(夢)をはじめて人にあかしました。雪野さんだけに・・・。
雪野さんもまた、傷ついた心を秋月くんによって癒されていきます。秋月くんの言葉のチカラによって。
おそらく愛を育むということはこういうことなのでしょう。日本人はそれを万葉の時代から、美的に言葉で表現することをよしとしてきた民族なのだと思います。
そして言葉のチカラをまざまざと見せつけられるシーンが訪れます(このシーンの解説は控えますね)・・・。
心を撃ち抜かれる。それはこういうことを云うのかもしれません。言葉は世界を変えるのです。こみあげる想いは、言葉と、そして涙になりました。
万葉集。雨の季節。日本庭園の緑・・・。美しく凝縮された46分間。
私たちの生きる日本、そしてこの東京がこんなに美しく描かれてるドラマを、是非楽しんでみてください。
良き言葉によって励まされますように。
そして、いつかあなたがもっと遠くまで歩いていけますように。