この『迷路の外には何がある?』には、『チーズはどこへ消えた?』その後の物語 という副題がつけられています。
著者のスペンサー・ジョンソン氏は2017年7月、78歳で逝去されました。そしてこの「迷路の外には何がある?」は彼の遺作となりました。この本には、彼の息子たち、長年の友人らが声を寄せています。がんの末期を迎えて彼がしたためた手紙も掲載されています。この本が世に送り出された背景には、人生をかけてスペンサー・ジョンソン氏の伝えたかったことを、この世界の遺産にしたいという残された人々の願いがありました。
前作の『チーズは何処へ消えた?(以下、「チーズ」と記します)』は、2005年時点でAmazonにおける史上最大のベストセラーになったそうです。日本でも2000年に出版されて以来20年以上売れ続け、450万部を突破しています。この『迷路の外には何がある?(以下、「迷路」と記します)』はその「チーズ」の完結編です。
原題は、Out of the Maze。「迷路の外へ」。
私が「チーズ」に強い興味を持ったのは、なぜ世界中で2800万人もの人々が、この「チーズ」を読んだのか?その理由を知りたいと思ったからでした。この世界を知るために、この「チーズ」と「迷路」はなんらかのヒントをくれるはずです。
ここでは「チーズ」と「迷路」において採用された《意図して使われた語り口》と、そこで《語られたこと》について記してみたいと思います。
《意図して使われた語り口》というのは「チーズ」も「迷路」も寓話という形式をとっていることです。
寓話の特徴について、生成AIに聞いてみると、次のような回答を出してきました。
- 教訓性: 寓話は、物語を通して読者にある教訓やメッセージを伝えることを目的としています。物語の結末や登場人物の行動から、人生の知恵や道徳的な価値観を学ぶことができます。
- 擬人化: 寓話では、動物や植物、無生物などを擬人化し、人間のように感情や思考、行動を持たせることが一般的です。これにより、抽象的な概念や人間関係を分かりやすく表現し、読者の共感を誘います。
- 簡潔性: 寓話は、短い物語の中に教訓を凝縮しているため、簡潔で分かりやすい文章で書かれています。そのため、子供から大人まで幅広い層に親しまれています。
- 象徴性: 登場人物や出来事は、特定の人物や状況を象徴している場合があります。読者は、物語の背後にある隠された意味を読み解くことで、より深い理解を得ることができます。
- 普遍性: 寓話で描かれる教訓は、時代や文化を超えて普遍的な価値を持つものが多く、現代社会においても重要な示唆を与えてくれます。
「チーズ」も「迷路」も、この寓話の特徴をしっかり踏まえ、寓話の持つチカラを発揮するように語られています。
「チーズ」には二匹のネズミ「スニッフ」と「スカリー」、そして二人の小人「ヘム」と「ホー」がでてきます。彼らはいつも「迷路」で美味しいチーズを食べていたのですが、ある日そのチーズはなくなってしまいました。ネズミたちはすぐさま新しいチーズを求めて出発しました。友人「ヘム」と何日も嘆いた「ホー」は、新しいチーズを探しに出発していきました。しかし「ヘム」はそのままその場に留まったのでした・・・。
寓話であるがゆえに、読む人はそのまま物語の世界に入り込んでストーリーを辿っていけます。激しい変化(食べ物がなくなった!)を前にして、「自分はどうすればいいのか?」と自問自答しつつ、この「チーズ」を読み進んだ人は多いに違いありません。
時代は急激に変わっていきます。新しい「チーズ」を求めて、新しいことに果敢にチャレンジする人もいれば、今までの状況にしがみついて生きていこうとする人もいます。小人の「ホー」が果敢にチャレンジする方だとすれば、「ヘム」はどうすればいいかわからぬまま現状に佇んでいる人を象徴しているようです。
しかしほとんどの人間は「ヘム」のように変化を前にして佇んでいる側にいるはずです。
スペンサー・ジョンソン氏はそんな「ヘム」を主人公にして「チーズ」の後に、「迷路」の寓話をさらに書き進めていったのでした。変化に対処しようとせずにとどまり続ける「ヘム」。
食べるものはなくなりました。「ヘム」は食べ物を求めて迷路をさまようしかありませんでした。職を失って食うに困って何とかしなくてはいけない・・・そんな状況にも似通っています。そんな最中、「ホープ」という女性(小人)に出会います。「ヘム」がまだ食べたことのない「リンゴ」を、彼女は「ヘム」に差し出すのでした・・・。
「ホープ」(希望)と共に、「ヘム」は新たな行動へと、「迷路の外へ」の行動へと進んでいきます・・・。
この寓話を語り終えた後、「ディスカッション」という名の終章が用意されています。
そこで「ヘム」について、「まるで映画『ショーシャンクの空に』のアンディ・デュフレーンのようだ」(84p.)と評する場面があります。
映画『ショーシャンクの空に』の終盤で、アンディー・デュフレーンは親友のレッドに手紙を通じて語りかけました。
Remember, Red. Hope is a good thing, maybe the best of things, and no good thing ever dies.
(忘れないでくれ、レッド。希望は良いもの、多分最上のものだ。そして、良いものは決して消えることがない)
きっとスペンサー・ジョンソン氏も映画『ショーシャンクの空に』のファンであったに違いありません。新たな小人の女性に「ホープ」と名付けたことからも、それは伺えます。
「迷路」の中で《語られたこと》について、寓話の持つ教訓性、簡潔性、象徴性、普遍性から様々なことが多様に語られると思います。強いて私が「迷路」から語られることとして思い描いたことは、次のような事でした。
「迷路」は人間の思考習慣である。そう仮定すれば、この「チーズ」も「迷路」も私なりに深く理解できる物語となりました。人間は思考するとき、自分自身の脳にインプットされた情報に基づいて思考します。しかし自分自身の脳にインプットされていない状態で、どんなに思考したとしても、その思考は「迷路」化してしまい、袋小路に苦しむことになるでしょう。
そんな時に「ホープ」のような新しい智慧とアイデアを持つ女性と出会うことによって、「ヘム」は新たな思考を紡ぐことができるようになり、結果として新たな行動へと進んでいくことができたのでした。
やはり窮した事態を打開してくれるのは、神話の世界から女神の役割なのです。そして希望なのです。
「迷路」は自分自身の中にあります。
私たちが何かを学んだり、経験したり、仲間と励まし合ったりして、前に進んでいけるのは、絶えず自分自身の内なる「迷路」を壊すためです。そのためには、他者の智慧や力が必要だからでしょう。
私のようにキャリアカウンセリングをする人もまた、相談者(クライエント)の「迷路」を共に歩み、希望を追い求めようとしているように思います。
『迷路の外には何がある?』と問われたら、次のような答えを思い浮かべます。
「あなたの知らない素晴らしい世界が、きっとそこにある。だから前に進みましょう」。
そのように答えたいと思います。