55歳からのハローライフ:村上龍が描いた定年前後 再出発とは?

2014年の6月のある土曜日、NHKの土曜ドラマで『55歳からのハローライフ』の第一話を観ました。今から約十年前のことです。「キャンピングカー」というタイトルで、58歳の早期定年退職したビジネスマンをリリー・フランキーさんが演じていました。中高年のビジネスマンが直面する早期退職とその後の再就職の困難さがリアルに描かれていて、心に残る作品でした。

後年、リリー・フランキーさんと深津絵里さんが夫婦を演じるダイワハウスのTVCMを観る度に、この『55歳からのハローライフ』を思い出しました。妻は与党で夫は野党・・・そのモノローグに味があり、本当にそうだなあと感じ入った記憶があります。私の記憶の引き出しの中に、このTVCMとともにNHKドラマ『55歳からのハローライフ』は収められ、十年の歳月の中で埋もれていきました。何かのきっかけでもなければ再び思い出すことはなかったかもしれませんでした。

ところが昨年末に、NHKプレミアム4Kで十年ぶりにこの『55歳からのハローライフ』(全五話)が再放送されることを知りました。その瞬間、記憶の引き出しの中から思い出と共に鮮明にこのドラマのイメージが表れました。どうしてももう一度観たいと思いました。そこで、あわててブルーレイのレコーダーを購入することにしました。ところが購入したレコーダーは4Kのチューナーのついていない旧ヴァージョンだったので、1月初旬に再放送された時にこのドラマを録画することができませんでした。これは2024年最初にして最大の私の大失策です。しかし十年前のこのドラマを観ることができなかったことで、今一度、村上龍さんの原作を読み直そうという気になりました。

村上龍さんは昭和27年生まれです。TVドラマでは第一話であった「キャンピングカー」中の主人公、富裕太郎(トミヒロ・タロウ)は昭和27年生まれで、村上龍さんと同じ年齢に設定されています。村上龍さんがこの小説を静岡新聞に連載したのは2011年12月から2012年にかけてだそうで、当時の中高年の厳しい雇用情勢について、しっかり取材されて執筆したことが伺えます。

富裕太郎、58歳。名前の通り、富裕層といえます。58歳で会社の早期退職制度を活用し退職したばかりです。会社は中堅の家具メーカーで営業職でした。部下も30人ほど従えてやり手の営業マンだったのですが、経営陣がかわり時代も変わって、提案型営業への転換に乗り遅れて、3年程前に閑職に追いやられてしまいました。いわゆる窓際族です。55歳の窓際族の心象としてこのような記述があります。「力が出せなかった。心身ともに空洞ができてしまったような、虚しさと寂しさを感じ続けた三年間だった」(幻冬舎文庫:p183引用)。

富裕太郎は横浜市港北区の自宅で妻と息子と娘の四人家族で暮らしています。製薬会社に勤める息子と、銀行に勤めながら税理士になる勉強をしている娘は、経済的に自立していける状況です。自宅のローンも完済し金融資産も預貯金4千万円ほどあるので、当座の生活に困ることはないようです。恵まれたリタイア生活が見込めるはずでした。

富裕太郎は早期退職を決める際に、夢のチカラを活用しようとしました。早期退職優遇制度による特別加算金一千万円で中型のキャンピングカーを購入し、妻と日本全国をまわるという夢でした。その夢を抱くことによって希望が芽生え定年後の不安を払拭できそうな気がしたのでした。妻には内緒でその夢を育んできたことが、後に富裕太郎を追い詰めることになります。

妻には妻の時間があって、水彩画と油絵を近所の絵画教室で教えています。退職後、富裕太郎からキャンピングカーの話を持ち出された時には困惑し、自分の時間を犠牲にはできないため、反対せざるをえませんでした。

富裕太郎にとって、定年後の夢が一瞬にして失われる結果となりました。娘からは再就職したらと提案され、これまた妻には内緒で再就職活動に向かうことになりましたが、そこで彼は辛酸を舐めることになります。中高年の再就職の厳しさを嫌という程経験することになります。このあたりの描写は、実際に私が求職支援をしている過程で、中高年の相談者が味わう経験をよく物語っています。プライドがズタズタにされる描写は身に詰まされるものがあります。結局人は経験してみないとわからないことが、沢山あります。現実はそのような形で存在し、当事者でなければわからない痛みが、この小説にはしっかり描かれていて、村上龍さんの思いが伝わってくるところです。

村上龍さんはそのあとがきでこう述べています。

「わたしは彼らに寄り添いながら、書いていった。わたしと主人公たちはほぼ同世代であり、立場は違っても、似たような問題を抱えていたからだ」(幻冬舎文庫:p351引用)。

村上龍さんはもう若くはない中高年の人々の「再出発」を静かに暖かく応援しています。「どうやってサバイバルすればいいのか」(幻冬舎文庫:p351引用)共に考えながら。

富裕太郎は、会社人間を長らく続けてきた過程で、妻のことをどこまでわかろうとし、妻と共にある時間をどのように過ごしてきたでしょうか?妻との関係性を定年後に再構築していくことが富裕太郎の人生の仕事なのかもしれません。痛みをともなう物語ですが、これからの人生でやるべきことを、最後に富裕太郎は見出していくようにも思えます。ダイワハウスのTVCMは「ここで、一緒に」というコピーで締めくくられます。ここで、一緒に生きることが何よりも大切なことだと思います。

キャリアカウンセラーの私がこの『55歳からのハローライフ』に惹かれるのは、村上龍さんが私たちキャリアカウンセラーと同じように、路頭に迷う登場人物に寄り添いながらこの小説を執筆しているからです。私たちの思いに共通したものがあるように感じています。

クライエントがどのようにしたらサバイバルできるか?

それを共に考え、その人生の仕事をやりとげるお手伝いをすることが、私にとっての使命だと思うからです。

TVドラマでは印象的な音楽が使われていました。中高年を勇気づけるようなプレリュードです。YouTubeにあったので、よろしければ聞いてみてくださいね。またNHKアーカイブスで『55歳からのハローライフ』第一話の3分程の映像をみることができます。参考までにリンクを貼っておきますね。

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この記事を書いた人

大前 毅のアバター 大前 毅 国家資格キャリアコンサルタント
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