法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎(こみかわ・こういちろう)氏の著した『キャリア教育のウソ』(2013・ちくまプリマー新書)を読みました。読もうと思ったのは、やはりこの本のタイトルにある「ウソ」という言葉が気になったからです。キャリア教育のウソって何なのでしょう?
まず最初に、今の日本で行われているキャリア教育について知らなくてはなりませんね。
「キャリア教育」の歴史はまだ浅く、今の大人で、小中高大で行われているキャリア教育を知っている人は少ないのではないかと思います。
❶どうして日本で「キャリア教育」が始められたのか?
❷「キャリア教育」の原点とは何か?
❸著者のいう「俗流キャリア教育」とは何か?
この3点について、著者による解説を要約していきたいと思います。
私も、ながらくキャリアカウンセラーをやっていながら、今の子供たちに施されている「キャリア教育」なるものを詳しく知らないままでした。子供向けに「キャリア・パスポート」がつくられている程度の知識しかありませんでした。
しかし、11年やってきたキャリアカウンセリングとこの「キャリア教育」が無縁であるとは思えません。私もまたここで学ばなくてはならないと考えていました。
この記事では、児美川教授の『キャリア教育のウソ』のプロローグ「それぞれの卒業後」と、第1章「キャリア教育って、なに?」を軸として、「キャリア教育」の出自とその原点について鳥瞰してみたいと思います。
プロローグ「それぞれの卒業後」では、青年期教育、キャリア教育を専門にしている法政大学キャリアデザイン教授である児美川氏が、彼の教え子たち四人の卒業後のキャリアについて語ります。
出版された2013年時点で30代後半から40歳までの四人は「ロストジェネレーション世代」(ロスジェネ世代)に属しています。それから十年経過しており、現在(2023年)はミドル・シニア世代に属している方々です。
キャリアの変遷において児美川教授は、就職・転職という仕事や職業上の視点だけではなく、結婚・出産・居住・趣味・市民生活等のライフキャリア全般を含めてキャリアと捉えています。
この四人の十数年のキャリアの変遷から、学校を出て就職し安定的なキャリアを積み重ねる「時代の標準」はすでに成り立ちにくくなっているということを児美川教授は実感します。
就職し独立起業し、しかし顧客を失いうまくいかなくなった者。父親が亡くなり教職を諦め大手外食産業に就職するも二年半で辞め、結婚離婚を経て今仕事を探している者。就職をせずにWeb関連の業務委託を続け、30歳になった頃会社を立ち上げた者。卒業後もアルバイトを続けて卒業して数年たった頃に小学校の教員になりたくなって教員免許をめざし勉強して2〜3年かけて小学校教諭になった者・・・。
さらに「時代の標準」が揺らいでいることを、別の視点から「若者たちの100人村」という形で推計に基づくシミュレーションをして検証します。
高校入学者100人が高校・大学(または大学院)を卒業し新卒で就職して3年後も就業継続している者は?
実は41人しかいない!
進学率・卒業率・就職率・離職率から推計したシミュレーションですが、そんな結果が示されます。
今の若者たちに、様々な転機が訪れていることは確かです。そのことに今の「キャリア教育」は有効なのか?という児美川教授の問題意識を私は感じました。
さて、それでは今のキャリア教育を鳥瞰してみましょう。
❶どうして日本で「キャリア教育」が始められたのか?
1999年の中央教育審議会の答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」で、はじめて「キャリア教育」という用語が登場しました。
「キャリア教育」を必要とする社会的背景として、次の課題があげられました。
①新規学卒者のフリーター志向の広がり。
②高校卒業者で進学も就職もしていない者の割合が約9%。
③新規学卒者の就職後3年以内の離職が新規高卒者で約47%、新規大卒者で約32%。
就職難、早期離職、フリーター志向を、若年層の就労・雇用問題の深刻化と捉えて、「キャリア教育」の必要性が主張されたとのことです。
その後、文部科学省が中心となって2003年からキャリア教育の推進が図られるようになりました。
「若者自立・挑戦戦略会議」によって策定された「若者自立・挑戦プラン」(2003年)における現状認識は、次の通りでした。
①若者の職業能力の蓄積がなされず
②経済基盤の崩壊(中長期的な競争力・生産性の低下による)
③所得格差の拡大(不安定就労の増大、生産基盤の欠如による)
①②③が進行していくと、次の④⑤⑥が招来するというものです。
④社会保証システムは脆弱化
⑤社会不安が増大し
⑥少子化の一層の進行が進む
「社会問題」を招かぬように、だからこそ「キャリア教育」が必要だということで「キャリア教育」は登場してきました。
キャリア教育の推進には、2003年のこの「若者自立・挑戦プラン」が四省府(内閣府・経済産業省・厚生労働省・文部科学省)が参加して策定され、一気に盛んになっていった経緯があります。
小中高には文科省からのトップダウンで、大学は少子化を背景とした大学の生き残りをかけて、キャリア教育が急速に普及したそうです。民間事業者による「キャリア教育ビジネス」も活況を呈したそうです。
❷「キャリア教育」の原点とは何か?
児美川教授の言葉で「キャリア教育」の原点に相当する言葉をここに紹介したいと思います。
「変化の激しい社会に漕ぎ出て行って、そこで自らのキャリアを築いて行くための準備教育である」(p50:引用)
教育全体を包括していくような広い概念で「キャリア教育」を捉えていることがわかります。
一方で、次の❸のようなキャリア教育を、❝狭すぎる❞と捉えています。
❸著者のいう「俗流キャリア教育」とは何か?
①「自己理解」系:自分の能力や適性、志望を見詰める学習。
②「職業理解」系:職業調べ、職業人講話・インタビュー等学習活動。
③「キャリアプラン」系:希望職種と現在の自分をつなぐ将来設計についての学習。
主にアメリカで発展してきた「キャリアガイダンス」の理論に基づいています。私たちキャリアカウンセラーが日頃行うステップとして「自己理解」と「希望職種」をマッチングさせていく理論と同じで、主に成人向けの転職支援で発達してきた理論なのだそうです。
児美川教授は小中高大を対象にした教育で、これが使えるのかという疑義を持っています。
このような「キャリア教育」の現状を踏まえて、「キャリア教育のウソ」に切り込んでいきます。
第2章のタイトルは「ウソで固めたキャリア教育」です。
なかなか刺激的ですよね。
次の記事で、いよいよこのウソで固めた部分をみていきたいと思います。